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横須賀の街でみつけた「少年デザイナー求む」。中学校を卒業し、本校定時制で学びながら、横須賀「さいか屋」のデザイナー課で働いていたという。その少年は、「同一雑誌の表紙イラスト制作者として世界一長いキャリア」で「ギネス世界記録」に認定された白髪まじりのおじさまになっていた。雑誌は2011年7月に最終号となり終止符を打った。横須賀美術館で及川さんに、ちょっと話を伺ってきた。

昼は「さいか屋」、夜は定時制という生活

及川正通さん 横須賀高校定時制9期生
取材・撮影は横須賀美術館にて

「やっぱり全日制に入りたかったんですが、父親が事業に失敗してしまい、働きながら定時制に入学する決意をしていました。定時制に行くのだから、仕事をしなくてはいけない……。さいか屋で見つけた『少年デザイナー求む』に心が惹かれて、多数のなかからデザイン科に入ることができました。」

店内POPから館内装飾、ディスプレーとなんでもこなしたことが自身のためにもなった。高いデザイン力は瞬く間に評判となり、会社には内緒の副業で当時隆盛を誇っていたどぶ板界隈のバーの看板を何件も手がけたともいう(写真下記参照)。

「当時の定時制には中卒でそのまま入学してくる、同年代に同級生はいなかったですね。みんなオトナで怖くて、その中に子供がいたような。でも、美術の先生から声をかけられていて、いい思い出ですね」

雑誌『ぴあ』と歩んだ36年間が「ギネス世界記録」を認定された

2012年の暮れまで、横須賀美術館で展示されているイラストに目が留まる。ショートケーキを頬張るスティービーワンダー。頬にシェーバーを当てる広末涼子。咥えタバコ姿の薬師丸ひろ子等々。軽妙なタッチといたずら心で思わず笑ってしまう。「36年間、好きなように描かせてもらいました。客観的に描くため、本人とは会ったこともないんですよ。でも、クレームは耳に入ってこなかったんです。それは出版社にクレームはあったのかもしれないが、描き手には一切聞くことはなかったです。本当に、いい環境で仕事をさせていただいてきましたよ。」

『ぴあ』の連載を終えた今、キャリアの総括として挑んでいるのは「街」をテーマにした大型イラストだという。第一弾は生まれた横須賀を題材に選んだ。構想段階という下絵には、軍港を占拠する大型空母の甲板の上でモンローやプレスリーが歌い踊り、ラスベガス然としたどぶ板通りを銀幕スターの石原裕次郎や小林旭が闊歩していた。
「時空を超えた夢の横須賀を見せてあげますよ」
本校の大先輩、まだまだワクワクさせてくれそうだ。

及川正通さんの作品
profile

おいかわ まさみち/1939年大連生まれ。1955年横須賀「さいか屋」デザイン課、1964年「主婦と生活」デザイン科を経て、1968年横尾忠則と「ジ・エンドスタジオ」を発足、フリーランスのイラストレーターとなる。横尾の紹介で寺山修司に出会い、劇団天井桟敷の公演ポスターや舞台美術を手がけ、1970年から「平凡パンチ」「GORO」などで劇画表現スタイルのイラストを7年間連載。1975年9月号より「ぴあ」の表紙を担当。エンタテイメント情報誌「ぴあ」の表紙イラストを手がける及川正通が、「同一雑誌の表紙イラスト作成者として世界一長いキャリア」として「ギネス世界記録」に認定されている。昨年7月最終号により、及川正通の世界記録に終止符を打った。